『小暮写眞館』
- 作者: 宮部みゆき
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2010/05/14
- メディア: 単行本
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2010年の書き下ろし作品。先日の『ソロモンの偽証』の一つ前の作品になる(んだろうな、きっと)。
この作品も読んだつもりでいたのに、読み始めてから読んでなかったことに気付いた。
私が宮部さんの本をあまり読まなくなったのは2007年くらいからだから、読んでなくても不思議じゃないんだけれど、なんで読んだと思っていたのか、そっちの方が不思議。
内容は4話。
「小暮写眞館」
「世界の縁側」
「カモメの名前」
「鉄路の春」
4話で一つの大きなテーマになっているけれど、それぞれ独立した話としてもそれなりにおもしろい。
話としては(私は)「小暮写眞館」が一番好きなのだけれど、第三話の「カモメの名前」を何度も読んだ。
ココでは小暮写眞館の元の住人(小暮写眞館の主)の過去が語られている。一人娘の信子さんが父親について語っている場面である。
・・・小暮泰治郎氏 大正11年(1922年)6月生まれ 日中戦争勃発後の1938年(昭和13年)16歳で通信社のカメラマン助手として上海に渡る・・・
という履歴になっている。
娘の信子さんは小暮氏の師匠である浜田さんが「赤紙逃れ」(徴兵逃れ)のために金井さん(小暮さんの先輩)と小暮さんを上海に派遣したのだろうと推測している。
私の母方の祖父はこの日中戦争で亡くなっている。母が昭和11年生まれで、祖父(母の父親)は昭和13年(1938年)、母が2歳の時に中国で戦死した。母は父親の顔や声を覚えていない。父親に叱られるという経験もなかった。だから母は、私達姉妹が父に叱られて泣いていても、叱ってくれる父親がいるのは幸せなことだとよく言っていた。
そういう祖父のことを思い出しつつ、小暮氏も中国で戦死していてもおかしくない状況だったんだ・・・とぼんやり思いつつ読んでいた。
そして、赤紙逃れのための派遣・・・を読んだ時には、夫の父を思い出した。
夫の父も大正11年生まれで太平洋戦争のころは徴兵されるはずだったのだが、徴兵を免れている。そのあたりの詳しい事情は私にはよくわからないが、海軍関係の仕事をしていたので、海軍が赤紙を握り潰してくれた(らしい)とかなんとか。
とまあ、宮部さんは私より2歳下なので、もしかしたらそういう当時の事情を語ってくれる人(両親、親戚、近所の人、等々)が周りにいたのかもなぁ、と思ったりした。(資料を調べて知ったのかもしれないが)。
そして終戦後の昭和29年、小暮氏は師匠の浜田写眞館を引き継ぎ小暮写眞館の主となる。戦争で悲惨な様子を散々見てきた小暮氏は綺麗な写眞だけを撮ろうと決心する。
娘の信子さんはそういう父の様子も語る。
信子が中学生の頃、近所に大火事があった。その写真を撮れば特ダネになる。お父さんに手柄を・・・と娘が考えたのも頷けるくだりだ。しかし小暮氏はそんな娘を叱責した。「浅ましいことを言うな!」と。
ここでまた私は別の話を思い出した。
- 作者: 杉本章子
- 出版社/メーカー: 文藝春秋
- 発売日: 1991/11
- メディア: 文庫
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この小説は浮世絵師小林清親の生涯を題材にした小説。
この中で、清親は明治14年(この頃清親は新聞社の挿絵や報道画の仕事をしている)の神田の大火事の際、行かないでくれと言う妻子を置いて火事の様子を見に行き、それを報道画として描く。それがもとで夫妻は離婚する(それ以外にもいろいろあったが、それが大きなきっかけになっている)。
もちろんこの二つの話のシチュエーションは大きく違う。だからどちらが正しいとか間違っているという話ではない。
同じ「火事」の場面でも、記録する立場の者と、記録することで手柄を立てることを忌まわしいと思う者の、両極端な立場の人間を見る思いだった。
どちらも小説なのだから実際の人物像ではないけれど、どちらにも感情移入できてしまう。人間というのは悲しい生き物だなぁなどと思ったりするわけです。
というふうに、読みながらいろいろいろいろあれもこれも思い出してしまった。
だからその部分は何度も読んだ。
そしてカバー。菜の花と桜が咲く美しい景色の中を走っている小湊鐵道の美しい写眞。春の雲がふわふわと綿菓子のように漂っている空も菜の花も、赤と肌色の車体も、故郷の千葉県の風景だ、と懐かしくなってしまった。
しかし、話の内容は、うーん、悪くはないけれど微妙だった。
これはここのところ、宮部さんの作品を続けて読んで感じたことだけれど、なんというか読んでいて辛くなってしまう。
特に特別なことではなく、日常的にどこにでもありそうな、それでいてなさそうな、そんな市井の人々の内面を描いているのだが、それがなんとも辛く感じてしまう。
宮部さん、なにかあったのかしら?