日和見日記

pig-pearl 一行紹介 2012年4月に武蔵野美術大学通信教育課程に入学、2018年3月卒業しました。日常生活のあれこれを記述しています。

標高30m(?)から見える雲海(?)

14日から17日まで実家に行ってきた。

14日はあいにくの雨だったが、15日の朝は晴れていた。

起きて庭に出て外を眺めると、眼下に広がる田んぼ一面に霧が立ちこめていた。いつもなら霧の朝は真っ白で、田んぼはおろか、すぐ下の家も見えない位なのに、たんぼの位置だけが真っ白で、その先の台地のあたりはくっきりと見える。まるで雲海のようだった。

実家のあたりは関東平野のひろがる地域で、山と言っても標高50m前後の台地がある程度。実家はその台地の中程、たぶん(正確な数値はしらないけれど)30m前後かと思われる。

霧の朝は、中学高校の頃に部活で早く登校する際に難儀だった記憶がある。学校に着く頃には制服がかなり濡れてしまうからねぇ。

霧自体は嫌いじゃなかったけれどそれだけはうんざりしたなぁ、などと思い出したが、それにしても田んぼの上だけ、つまり1mか2m程度の霧というのは、この年にして初めて見たような気がする。もっとも霧の中を歩いていたら、その霧が1mあるいは2mなのか、もっと上の方までなのか、なんてのはわからないかもしれないが。

そんなわけで、ま、とにかく眼下に霧(靄か? 霧と靄の区別ができぬ(>_<))が立ちこめるというのを見て、ほぉ〜と感心してしまったわけであります。

雨の次の日快晴とか、他にもいろいろな気象条件があるのだろうけれど、詳しいことはよくわからない。

その日の夕方、今度は日が沈む西の空の赤がすごい色で、また感心してしまった。

どうってことのない田舎にある実家なのだけれど、こういう風景を観賞することもできるんだなーと、実家を離れているからこそ思うのかもしれない。

自宅に戻りその話を夫にしたら、写真撮ってきてくれた? と言われた。

ああ、そうか、そういうときにこそ写真だよね、うっかりしとったわ😅

 

 

大安の日、安産祈願

今日は朝から晴れ、新年に赤ちゃん誕生予定の姪のため、朝食後に安産祈願に出かけた。祈願は午前中に行かなくてはいけない、と親に教わったような気がする。

久しぶりに日比谷線に乗り人形町で下車、水天宮に向かった。

甘酒横丁や重盛の人形焼きに気をとられつつもなんとか到着。

いやー、水天宮、何十年かぶりなんだけど、すっかりビルの中に収まってしまっていた。

そうなのかー(゚ロ゚)。

で、それはともかく、お参りして受付で安産のお守りを買い、犬張り子も買い、姪っ子夫婦のお守りも買った。

安産のお守りを買うと用紙を渡されて、そこに妊婦の名前を記し、受付に渡すと祈祷してくださるとか。妊婦が直接行けない場合はこうして祈祷してくれるわけだ、ふむふむ。どうりでお守りだけにしては高いわけだ、などとせこい考えもよぎった私。

 

さて、安産祈願も無事に済んで甘酒横丁へ。

柳家鯛焼きが買いたかったのに12時半からですって。待ってられないからあきらめた。で、はす向かいの鶏肉屋さん、鳥忠で評判の卵焼きを買う。

その後、ぶらぶら歩いて、小物屋さんで可愛いオーガンジーの巾着と、サテンの巾着を購入。

そのあたりで疲れてきたので、もう帰ることにした。朝起きたときに少しめまいがしたから無理はしないことにした。

上野駅で乗り換え、駅のコンコース内のお店で、わさびタルタルとか燻製チキンとかを買い、お昼ご飯に崎陽軒のシュウマイ弁当を買って帰宅。

これだけで今日のエネルギーは使い果たした気分です。

姪っ子への結婚祝いも考えなくちゃだけど、それはまた後日ということで。

 

悲しい話

先月末、父が緊急入院、8日後退院、私は約10日間実家に滞在した。

父が入院している間は病院通いの他に、実家の片付けやらなんやらとそれなりに忙しかったが、時々ポカッと時間が空くときもあった。

そんなときに高校時代の友人に電話したりメールしたりしていたのだが、高校時代の同級生(N君)が9月に亡くなったという話を報された。

癌だったそうだ。

9月に帰った時には中学時代の同級生(T君)がやはり癌で8月に亡くなったという話を聞いた。

今回の同級生N君はその中学時代の同級生T君とも友人で、自身も末期癌でありながら葬儀に駆けつけたという話だった。

 

私の地元は、町に4校あった中学校を統廃合して1校だけの中学校になった。

私が中学生になったときは統廃合して3年目か4年目くらいの新しい中学校だった。

8月になくなったT君は2年生の時に同じクラスになった。野球部に入っていて明るく、女子に人気のある男子だった。地元では野球の強豪校と言われる高校に進学した。

そもそも私は地味な中学生で男子にはまったくもてない生徒だったので、そういう華やか(?)な男子とはお互い顔はわかっていてもほとんど会話を交わしたおぼえがない。

そんなわけで私とT君は高校進学以降まったくの没交渉であったが、(中学時代の)顔と名前ははっきり覚えていた。

9月に亡くなった同級生N君は、中学では同じクラスになったことがなかったけれど、同じ高校に進学、3年間同じクラスだった。

N君も中学時代野球部で、8月に亡くなったT君とは高校は違ってもお互いずっと地元にいたこともあり、友人関係は続いていたそうだった。

 

私とN君は3年間同級生だったにもかかわらず、あまり話をしたおぼえがない。

N君はとてもリーダーシップのある男子で、中学時代は生徒会長もやっていた。高校で生徒会長をしていたかどうかは覚えがない(というくらい私は無関心でもあったわけだ)が、とにかく印象としては元気で活発な男子であった。

高校卒業後は進路が別れたこともあり没交渉だった。

そんなN君と久しぶりに連絡を取り合ったのが4年前の中学の同窓会の連絡だった。いわゆる還暦同窓会で、学年全体の同窓会の知らせだった。

私はその頃武蔵美通信の卒論制作真っ最中で、迷った末に欠席の返事を出した。

そのときにN君の携帯番号を知り登録したらしい(記憶がないけれど)。そして返事に自分の携帯番号も記したらしい(それも記憶がない)。

そして、去年春に私はラインを開設したのだが、自動登録にしたので同様に自動登録の人々からラインが届いた。その中にN君も入っていた。

それから季節の変わり目などにラインが届くようになり、お互い近況などを報告したりしていて、それはそれで楽しかった。高校時代に特に仲が良かったわけでもないのに、還暦過ぎてこうしてラインのやりとりするようになるなんて、人生って何があるかわからないなー、なんて思っていた。

 

最後のラインは今年の2月だった。お互いに2月が誕生日だったので、おめでとうメッセージをやりとりした。63歳の感想、コロナワクチンや年金など、年相応の話題であった。

その後ぱったりと止まった。

私も家のことや父のことでバタバタしていてすっかり忘れていたけれど、10月になってふとN君からのラインがないなー、新年になったらアケオメのメッセージでもするか、と思っていたところだった。

 

こうして私とN君のラインは終わった。

わずか1年弱のライン交換だった。

 

 

 

 

 

乃南アサを読む日々

昨日で非常事態宣言は解除された。

これまでただひたすら読書の日々は続いた。

だから、おいしいモノを食べに行きたい、温泉にも行きたい、買い物もしたい、コンサートにも行きたい。旅行は特にいきたいわけではないけれど、そういうのも久しぶりにいいかも…とかとか。

しかしまあ、これからも変わらない日々は続くのだろうな、とも思うのだった。

 

ここ一ヶ月くらいは久しぶりに乃南アサさんの本を集中的に読んでいた。

今野敏の『TOKAGE』シリーズを読んでいたら、久しぶりに乃南アサさんの『凍える牙』を再読したくなって、それから次から次へと読むことになった。

 

 

で、『凍える牙』に続編があったのは知っていたし、読んでいたのだが、さらにもっと出ていることを知った。

長編、短編と結構出ていたからせっせと読んだ。

以前、乃南さんの本を集中して読んだ時期があったのだけれど、それからしばらく読んでいなかったから、図書館でせっせと借りて読んでみた。

既読、未読、もう手当たり次第。

その中でおもしろかったシリーズを二つ。

『ボクの町』『駆けこみ交番』の「新米巡査・高木聖大クン」のシリーズ。

 

 

訳あり女性二人の下町生活を描いた「マエ持ち女二人組」シリーズ。

 

 

 

で、「高木聖大」クンは馬鹿馬鹿しくもおもしろく、今野敏の『精鋭』とはまったく違う新米警官。しょうもない警官なのに、妙に憎めないキャラクターだったりする。

そしてその「高木クン」が「マエ持ち女二人組」にも、チャラくていい加減に見えるのに憎めない警官として出演する(笑)。

どちらも連作短編なので読みやすいけれど、高木クンシリーズは単純に笑って読める作品、マエ持ち女シリーズはかなり重い。

ことにマエ持ち女シリーズは最後に2011年の3・11の描写がかなりリアルだ。

すごいなと思いつつ読んだら、乃南さんがあの日体験したことをそのまま小説に落とし込み、描いたようだ。つまり乃南さんが実際に仙台で罹災したことにより、小説の結末が変わってしまったのである。

いったいどのような結末を考えていらしたのかは不明だけれど、あの災害はこんなところにまで影響があったのだとしみじみとしてしまった。

あれから10年が経った。

1995年の阪神淡路大震災からは26年、1923年の関東大震災からは98年、まもなく100年になる。

それぞれの大震災のたびにたくさんの犠牲者が出、たくさんの人の人生が変わってしまったのだと、あらためて思わされる小説であった。

 

 

 

 

今野敏『精鋭』を読む

 

7月くらいからずっと今野敏の本を読んでいる。

『隠蔽捜査』のシリーズが好きでそちらは大分前に読み終わったが、最近になって、東京湾臨海署安積班シリーズ、確証シリーズ、警視庁捜査一課シリーズなどなどをガンガン読んだ。

なにしろ自粛生活で時間だけはありますので・・・。

で、『精鋭』

こちらは2014年1月〜9月まで朝日新聞夕刊に連載された作品。

大学出たての新米警察官が、地域課を振り出しに→機動隊→SATへと挑戦し、SATの隊員になるまでの成長物語。

特に目立つような特技があるわけでもない普通の青年が、成り行きとは言えSATに挑戦することになる。

これでだいじょうぶかいな? とハラハラさせられる主人公が見事SATの一員になるまでが、笑ってしまうような展開でありながらしかも感動的である。

警察小説ではあるけれど、事件モノではなく、警察内部の対立構図などという生臭いモノでもなく、ただひたすらに、訓練訓練の場面、そして青年の成長物語なのである。

なので、読後がとても爽やかで、最近では珍しい警察小説なのではなかろうか、などと思った。

似たようなモノで『教場』という小説があるけれど、そちらはまだ読んでいない。

ただ、テレビの『教場』をチラッとみたかぎりでは、『精鋭』とはずいぶん違うだろうことが想像できる。

ほんとにずいぶん久しぶりに爽やかな小説を読んだ気分なので、当分『教場』を読むことはないだろうな。

 

気がつけば9月

新型コロナの感染拡大、にもかかわらずのオリンピックやパラリンピック開催、とかなんとか、わさわさしているうちに9月になってしまった。

 

夫は高齢者枠で、私は既往症あり、長男は職域接種、ということで、運良く3人ともワクチン接種ができた。

未接種の方々が次々に感染していることを考えると、もっと迅速に若い人にも打てていたならと思わずにいられない。報道で、渋谷のワクチン接種に並ぶ若い人々を見るにつけ、こんな対応しかできないのか? となさけない気持ちになる。

ここ一週間くらいは感染者数が前週にくらべれば減っているようだけれど。

 

行きたいところはいっぱいあるし、友人たちにだって会いたい。

それらをずーーーーっと我慢してるのに、政府はもっと我慢しろという。

もちろん私はこれからだって気をつけるつもりでいるし、我慢もする。

だけど、いつまでそれが続くんだろう。

これからどうなるんでしょう?

 

梅酒と梅干し

2年ぶりに梅酒と梅干しを仕込んだ。

梅干しは今年も南高梅。そして梅酒も今年は南高梅を使ってみた。

南高梅で梅酒を作るのは初めてかも。しかもうっかり梅干し用ので漬けてしまった。

ネットで検索したら熟した梅でも作れるそうだけれど、やはり青梅のほうがおいしいらしい。

ま、いいや、どうせ私は飲まないんだし(夫と息子が飲む)。

梅酒はいつも通り1㎏、梅干しは今年はやや少なめの2㎏で。そしていつもは18%の塩なんだけれど、今年は20%にしてみた。どうかしら? 2%の差が私にわかるかしら? 楽しみ。

できれば3㎏漬けたかったんだけれど、重いんだよね、梅。

たった1㎏の差が辛くなる、そんなお年になりましたとさ。